11月26日てんでんこ 皇室と震災Ⅲ【11】

朝日新聞2017年11月21日3面:「天皇をひざまずかせるとは」。両陛下の訪問後、町に批判の電話が相次いだ。 北海道南西沖地震から16日目の1993年7月27日、奥尻島・青苗地区。津波と火災になめ尽くされ、家の残骸やつぶれた車などが広がる現場に、天皇、皇后両陛下が現れた。「いまだに一人も見つかっていません」。親類の一家7人が行方不明という女性の言葉に天皇陛下は絶句した。皇后さまは子どもらの肩を抱くようにして「大丈夫でしたか。お友だちのためにも頑張って」と話しかけた。奥尻空港で被害状況の説明を受けた両陛下は車で青苗地区に向かう途中、空港近くの仮設住宅に立ち寄った。皇后さまは「ご苦労さまです。工事をされてる方ですか。頑張って下さい」と励ました。
移動中、特別養護老人ホーム「おくしり荘」の前で出迎えた車いすなどのお年寄りを見つけると両陛下は車から降り、芝生を横切って歩み寄り、声をかけた。同行職員が「そろそろ時間です」と声をかけたが、皇后さまは「大丈夫ですか」と一人一人を励ました。避難所の青苗中学校体育館(当時)で天皇陛下はひざをつき、「どうぞ元気で」などと声をかけた。震災後、対岸の江差町内の檜山市庁(当時)から奥尻町役場に応援に入り、体育館の外から様子を見守った渡部和正さん(69)は衝撃を受けた。天皇陛下はそんなことをするもんじゃないと思っていたからだ。
「天皇陛下をひざまずかせるとは」「誰か止めるやつはいなかったのか」「天皇陛下がひざまずいているのに、被災者があぐらをかいて迎えるなんて何事だ」。両陛下の訪問後、町役場には報道を見た人から批判や怒りの電話が相次いだ。町職員だった竹田彰さん(64)は十数件に対応した。「両陛下の優しい思いやりから出た自然な行動」「町が頼んだわけでもなく、両陛下に意図はない」などと説明に追われ、仕事もままならなかった。
だが、95年に両陛下が阪神大震災の被災地を見舞った後に竹田さんが神戸市職員に聞いたところ、陛下がひざをついたことへのクレームは市に一件も寄せられなかったという。「当たり前の行動として国民に受け入れられるようになったのでは。陛下の被災地に対する思いが伝わったんだろう」(多田晃子)

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