11月22日てんでんこ 皇室と震災Ⅲ【9】

朝日新聞2017年11月17日3面:皇太子さまは、江戸時代の「島原大変」について自ら切り出した。 天皇、皇后両陛下以外の皇族方も、未曾有の噴火災害に見舞われた長崎県島原市や深江町(現南島原市)に度々足を運んでいる。両陛下の訪問から約1年8ヵ月後の1993年3月、秋篠宮さまと紀子さまが訪問。95年5月には常陸宮ご夫婦も訪れた。当時、九州大島原地震火山観測所長だった太田一也さん(82)はその度に被害状況の説明に立った。
印象深かったのは、皇太子さまの2度の訪問だという。1度目は96年11月。学会出席のため雅子さまと長崎県を訪問し、島原と深江も慰問した。太田さんは深江町での復興事業視察に立ち会った。視察を見守っていると、ご夫婦がふと太田さんの方に歩み寄り、「両陛下からも、健康に留意するようにとの伝言がありました」と言われた。驚き、「お心遣い恐縮に存じます」と答えた。2度目の訪問は2009年10月。雲仙市での全国育樹祭出席のため単独で訪れた。4日午前、太田さんは白い噴気がもうもうと上がる「雲仙地獄」で説明することになった。
事前の打ち合わせで、宮内庁の担当者に「どこまで専門的な話をしてよいのか」と尋ねると、「殿下は大変ご聡明なので、気にしなくていいですよ」と言われた。太田さんはパネルを使い、専門用語を交えながら火山の特徴や温泉の成り立ちなどを説明した。すると、皇太子さまから「パネルに混合温泉と記載されていたが、どういう意味ですか」と質問された。時間短縮のため、説明を省いた箇所だった。「あの短時間で、こそまで細かくご覧になっていたのか」と驚く。
案内を終える直前、皇太子さまは、江戸時代の1792年、普賢岳噴火時の地震で隣接する眉山が崩れた「島原大変」について自ら切り出した。「長野県で資料を見ましたよ」という。太田さんが、思い当たらない様子でいると、皇太子さまは「あとでコピーしてお送りしましょう」と述べ、車に乗り込んだ。約1ヵ月後、側近から、長野県で見たという古文書のコピーと、皇太子さまが選んだという太田さんとの写真が送られてきた。
12年1月、太田さんは皇太子さまが学習院女子大で水災害の歴史について特別講義し、歴史から学ぶ防災の重要性を指摘した、との新聞記事を目にした。「皇太子さまがなぜ過去の島原の火山災害に関心を持たれていたのか、分かった」(中田絢子)

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