11月21日てんでんこ 皇室と震災Ⅲ【8】

朝日新聞2017年11月16日3面:避難者6人が奉仕に加わっていると伝えると、両陛下はぜひ会うと言った。 皇居や赤坂御用地で除草や掃除などをするボランティア「皇居勤労奉仕団」。100回以上参加した長崎県島原市の元市議、故元島和男さんのもとに、大火砕流が発生した2日後、電話が入った。宮内庁からだった。
電話の相手は天皇、皇后両陛下に使える侍従。元島さんの手記によると、侍従は「島原の被災状況はどのようになっておりますか。両陛下は大変心配なさいまして『尋ねてみてくれ』とおっしゃいますので」と述べた。約1カ月後、両陛下はお見舞いで島原に入った。元島さんは上京中で会えなかったが、後日、宮内庁を通じて面会の求めがあり、1991年8月29日、両陛下を当時の住まい、旧赤坂御所に訪ねた。天皇陛下は「土に埋まっている家の方々は今後どのようになさるのだろうか。気の毒に思います」などと話し、皇后さまは「犠牲になられた消防団員のご家族は、若い奥さまや子どもさんに年老いたご両親と、生活が大変と思います。どうぞ皆さまで助けてあげて下さい」と語ったという。
以来、両陛下は島原から奉仕団に参加する被災者を常に気にかけてきた。夫と消防団員の息子を亡くした坂上スエ子さん(78)は、94年5月と96年11月の2回、奉仕団に参加し、両陛下との拝謁の機会があった。元島さんの記録では、両陛下は、坂上さんに「ご主人と息子さんの分まで幸せになってください」と声をかけたという。吉田義春さん(86)は計6回、奉仕に参加した。天皇陛下から「鉄工所を無くされ大変だったでしょう。今どうされていますか」と尋ねられ、「言葉を返せず、ほろほろと涙がこぼれた。胸がいっぱいになりました」。
元島さんは94年4月の奉仕での出来事を「前代未聞」と手記につづっている。奉仕中、両陛下は静岡県に視察に出かけており、拝謁の機会はないはずだった。だが、侍従に避難者6人が奉仕に加わっていることを伝えると、後日、侍従から電話が入り、両陛下がぜひ会いたいと言っている、という。
最終日の夕方、元島さんらが皇居内の路上で待っていると、視察から帰ってきた両陛下の車列が目の前に止まった。天皇陛下は車から降り、「お待たせしました」と声を掛けた。元島さんは手記に「涙、涙、時間外の御拝謁、まさに前代未聞」「今更ながら感謝の至り」と記した。(中田絢子)

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