11月22日 オトナになった女子たちへ 伊藤理佐

朝日新聞2017年11月17日33面:キンカンでどこまでも 淹れたてのコーヒーの横にキンカンがあった。朝、ムスメを送り出して一息、仕事用に淹れたのを、台所のテーブルでちょっと一口した時、そっと立っているキンカンに気付いた。朝日が当たって、黄色く茶色く光っている。(なんで君はここにるんだ?)
ご飯用のテーブルの上にキンカンがあるのは、ちょっとカッコ悪い気がした。(あ、ヨシダサンか)庭にまだ蚊がいた。ヨシダサン、さっき玄関先を掃いていたから、刺されたな。(ありがとう、だな)
ご飯も、もう1年以上作ってもらっているよなあ。結婚した頃、こんな逆転がくるとは思わなかった。結婚して10年か・・しかし、秋に蚊って、地球温暖化だよな・・ わたしはキンカンを眺めながら遠くへ出かけた。
で、思い出した。きのう、猫2匹がテーブルの上の人間用焼き魚にちょっかい出して「コラ~~ッ!」と、なり、人間が驚かすよりキンカンをかがせるとよいのでは、と試したのだった。猫はキンカンのにおいにびっくりして、シバシバの目で、もうテーブルに乗らない。そのまま「しつけ用」として置いたのだった。そんなキンカンだった。そんなことで、テーブルの上にキンカンが普通になった頃、知り合いが遊びに来た。
家族でフランスに住んでいて、なかなか会えない。2年ぶりだ。コーヒーを飲みながら「わたし、世界史が苦手でね」と、ポッリと始まった。なんか、遠い目になっている。「世界史の教科書が、勉強していないからピカピカで。実家の親が捨てられなくて」「それをこないだ実家でパラパラ見たら」「たった一つ、書き込みがあって・・」 「リンカーンの銅像の写真の横に、このキンカンで、キンカン・・」「ほんとうに勉強しなかったなあって」「そんなわたしが、外国に・・・」
で、なぜ、ここに? と、キンカンを見ている。わたしよりもっと遠いところまで出かけていたようだ。このように、オトナは、キンカン1本でどこまでも出かけれるのだ。(漫画家)

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