11月20日 人生の贈りもの 噺家 柳家小三治

朝日新聞2017年11月14日35面:小沢さんの10日間 末廣亭の狂気 私が前座のとき、「落語にかける与太郎の青春」っていうテレビのドキュメンタリーを撮りました。山奥のダムの建設現場で一席やるとか。そのナレーションをやったのが小沢昭一さんです。≪放浪芸の研究などでも知られる俳優・小沢昭一(1929~2012)だ≫ 明日をもわからない、この世界に入ってすぐのころで、小沢さんの節度のある話しかた、品のある間の取りかたを聞いて、いつかこういう語り手になりたいものだなとあこがれ、お手本にもしました。
 ≪数年後の1969年、「東京やなぎ句会」で一緒になる。メンバーはほかに、入船亭扇橋、永六輔、江國滋、大西信行、桂米朝、加藤武、神吉拓郎、永井啓夫、三田純市、矢野誠一がいた≫ 小沢さんは噺家になりたかった役者、私は役者になりたかった噺家です。小沢さんは、当時の落語界にあまりにもすごい人がいるので太刀打ちできねえ、と新劇の世界に入った。私は、ただまっすぐ飛び込んじゃったんでしょう。それが句会で出会う。でも、江戸っ子は照れ屋ですから、話し込んだり、ほんとのことはふれないものです。
第1回の句会では「煮凝」っていう題が出ました。小沢さんの句は「スナックに煮凝のあるママの過去」。参ったですね。小料理屋じゃなくてスナックですかね。その小沢さんに、新宿末廣亭へ10日間出ませんかって声をかけた。上野でも浅草でもなくて、新宿。小沢さんも私も、山の手の庶民ですから。
それで、2005年6月の下席。連日超満員だった。あのお客さんの狂気は、何だったんでしょうねえ。私のマクラが長くなったのは、ラジオの「小沢昭一の小沢昭一的ここ」の影響もあるでしょう。私の師匠・五代目柳家小さんが、番組が終わった途端、「これが現代の落語っていうものだよ」ってつぶやいたのを忘れません。小沢さんはくだけたことを言っているけど、きちんとしたまっすぐな人でした。ありがたい同志っていうか、先輩です。(聞き手 石田祐樹)

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