12日 原発と世論 金曜デモの5年【3】

東京新聞2017年7月8日26面:「守りたい」思いは風に ママさんの知事選 「もう投票先は決められましたか」。新潟県知事選が真っ最中の昨年10月、新潟市内の選挙事務所で、磯貝潤子さん(43)は名簿とにらめっこしながら、電話をかけ続けていた。うえーんー。近くで誰かの赤ちゃんの泣き声。(頑張らなくちゃ‥)受話器を持つ手に力をこめた。
東京電力福島第一原発事故が起きたとき、磯貝さんは福島県郡山市で暮らしていた。新潟県へ自主避難したのはちょうど1年後の2012年3月。仕事で引っ越せない夫とは別居せざるを得なかったが、長女(16)と次女(15)が外で遊んでいても気にならないし、風向きや放射線量を気にせず、洗濯物を干せる。「当たり前の暮らしが、うれしかった」 その年の6月29日。東京・官邸前での金曜デモにすごく大勢の人が集まったらしい、というニュースは聞いていた。それに呼応して翌月から新潟市内でもデモが始まるという。
新潟県には東電柏崎刈羽原発がある。福島を知る一人としてマイクを握った。「事故で今も多くの人たちが苦しんでいます。原発はいらない」事故が起きるまで、磯貝さんは政治にも原発にもあまり関心がない、ごくふつうの市民だったという。現状を当たり前のように受け入れていたが、デモには「変えよう」とする人たちがいた。確かに「変える」のは容易じゃない。デモを繰り返しても原発再稼働の大きな流れは強まっていく。焦りを感じることもあったという。
任期満了に伴う県知事選が近づいてきた昨年夏、原発再稼働に厳しい態度を示してきた現職知事が突然、不出馬を表明。再稼働に前のめりな自民などの推薦候補が”当確”とも目されたが、告示直前になって医師の米山隆一氏が立候補を決める。再稼働には慎重で、その是非を選挙で問いたいのだという。出遅れは否めないが、磯貝さんは「支えたい」と思った。
事務所に入り、選挙を手伝うようになったが、驚いたのは政治とは無縁の「ママさん」たちが大勢いたことだ。赤ちゃんを背負ったまま電話をかけたり、小さいわが子あやしながら、チラシを折ったり。街頭でも不思議と子連れの女性が足を止めて聞き入ってくれた。10月16日の投票日。「原発ワンイシュー(単一争点)」の選挙で、次点に6万票以上の差をつけ、米山知事が誕生する。
「原発に高い関心があるのに(政治が)応えていないってフラストレーションが地下のマグマみたいになっていた。まず、お母さん方が『いいね』って言ってくれて周りの人へ関心が広がっていった。その時がくれば大いなる風なんです」。米山知事は本紙のそう振り返る。
「母親って家族のために値が張っても安全なお米や野菜を選ぶでしょ。同じように知事を選んだってことじゃないかな」。小さな思いが集まれば世の中だって変えられる。磯貝さんは今、そう確信している。

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