10月25日 私の紙面批評 東京工業大学准教授 西田亮介さん

朝日新聞2017年10月21日14面:平成という時代 「失敗の歴史」多角的に総括を 長いようで短い、短いようで長い30年の歴史にあるはずだ。平成の歴史である。2016年から各所で議論を招いた天皇の生前退位と新しい元号はすでに既定路線になった。朝日新聞を含めて「平成」を振り返るメディアの特集を頻繁に目にするようになった。最近の企画のなかで注目に値するのは一連の天皇大尉問題から社会と政治、そして歴史を多角的に掘り下げた「平成と天皇」企画(4月11日開始)だろう。NHKが昨年7月13日に報じた「生前退位」の経緯を切り口としながら、その後の官邸内の動向、特例法成立までの議論の経緯や与野党の議論を丁寧に紹介する。
プロローグに続く「平成と天皇 第1部 退位 これから」(5月16~19日)では生前退位後に想定される諸問題を概観する。「権威の二重性」の回避が予想外に退位後の陛下の活動を制限する可能性が示唆され、「第2部 平和を求めて」(8月9~11日)は今上天皇の公務を中心に平和を希求した足取りをたどる。
本欄執筆のため改めて通読して、時事的な生前退位を入り口にしながら、政治内部における議論や将来課題、歴史をたどることができ、くしくも平成を振り返る優れた企画になっていると認識するに至った。平成を振り返るという趣旨のもと1面などで「平成とは」という企画(8月27日開始)も組まれている。こちらは主に社会や文化の視点で平成に接近しようとしている。取り上げる話題はバブルから、昭和の大スター美空ひばりの死、若者の貧困などまで多岐にわたる。
話題は豊富で、30代半ばの筆者自身の半生と重なりつつも意識してこなかった話題もあり確かに興味深い。ただし先の「平成と天皇」と比べると、明確な企画の軸が見えない。筆者は平成の時代は「失敗の歴史」であったと考えている。社会、政治、経済の緒分野において「昭和の常識」が変貌を遂げたにもかかわらず、変化に適した対策が取られなかった。
この間に、日本社会は経済的地位を喪失し、世界をリードできる新産業も見当たらない状況に陥った。人口は維持困難どころか中長期にわたって減少が確定する事態となり、正規雇用や終身雇用はすでに現役世代にとっては当たり前ではなくなった。大学も世界における知的地位と競争力を失った。
社会保障費は重く現役世代の負担としてのしかかる一方で、現役世代をサポートする施策のための財源は見当たらないままだ。それでも現役世代は異議申し立てを行うでもなく(行うことさえできず)粛々と、しかし必死にそれぞれの日常を生きている。この事実に対して日本社会とメディアはあありに鈍感かつ無自覚だと感じる。企画中の「さらば『昭和』若者は立った」(8月27日2面)は「私を含めた年長世代の多くは今もぬるま湯につかっている。最初に枠から飛び出すカエルは若い世代からこそ出てくる気がする」と記してい。よくある論調だが、自らを棚上げした若者任せの姿勢は共感し難い。
「失敗の平成」に言及するのは、むしろ関連の特集「『平成』を振り返る」(8月30日)における評論家宇野常寛氏へのインタビュー記事だ。宇野氏は「『平成』というのは要するに失敗したプロジェクト」と言い切る。政治的立場にかかわらず、戦後社会の総括と改革を実質として成しえなかった、とも。この言葉は重たい。 いま平成を総括する紙面がまず果たすべきは、放歌的に平成のトリビアを振り返り、のんきに「若者の挑戦」を後押しすることではなく、「失敗の歴史」としての平成を多角的に総括した平成史の王道を描き、読者に問うとともに議論を喚起し、次の時代と世代に先送りされた課題と負債の清算を少しでも促すことではないか。(記事は東京本社発行の最終版)

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