10月24日 原発事故語らぬ政治家

東京新聞2017年10月20日28面:終わった問題にされ見えぬ復興 この衆院選の公示日、福島県を第一声の場に選んだのは自民党の安倍首相だけだった。とはいえ、その演説でも原発事故の被災者に触れることはなかった。帰還と復興の強調と、その裏にある賠償の打ち切り。被災者たちにとり、事故はいまだに現在進行形だ。だが、事故はろくに教訓化されず、むしろ「忘却」の波が押し寄せている。いまの政治家を覆う「忘れる病」。それはこの事故以降、顕著になった。
「選挙で政治家が語るのは改憲や北朝鮮対策で、ここの問題は対象外。触れらることはない」東京電力福島第一原発から20キロ圏内にある福島県南相馬市小高区。昨年7月に避難指示が解除された。その一角、JR小高駅前で旅館を営む小林友子さん(64)はそうため息をつく。
小高区では今春に小中学校が再開し、営業を始める店舗も増えてきた。一方、庭に草が生い茂った空き家も目立つ。市によると、9月末の小高区の住居者は約2200人。原発事故前の2割弱にとどまり、5割以上は65歳以上の高齢者だ。除染ごみの入った大量のフレコンバッグが積み上げられ、山あいには放射線量の高い場所が点在する。
小林さんは商工会の女性部長として町づくりに励むが「戻ったのは年寄ばかり。子どもたちが安心して戻り、若い人たちが働ける場所にはなっていない」と感じている。「今の政治には誠実さが欠けている。地域に入って、住民の声を聞き、一緒に解決策を考えてほしいけれど、終わった問題になろうとしている」
カタンカタンと機織りの音が鳴り響く。小高区でかつて盛んだった養蚕に取り組むNPO法人「浮舟の里」を訪れた。ピンク色の糸を操る島抜里美さん(37)は「政治家は選挙の時しか来ない。ここで何を実現したのか」と首をかしげる。浮舟の里は避難解除前の2013年、地元の主婦らが立ち上げた。日中しか滞在が許されなかった小高区に「明かりをともしたい」と交流拠点を設け、訪れる人々と語り合った。現在は4千匹のカイコを育てて糸を作り、小高の植物で染めて織る事業に取り組む。
理事長の久米静香さん(64)は「復興はモノが整うことじゃなく人の心から。震災前の暮らしはゼロとなったけれど、新たな日常を積み重ねている。ここで生計を立て、一歩ずつ自立したい」と語る。「私たちはいつまで被災者なのか、と最近思う。これからは自分の歩む道は自分で決める」
帰還を断念した人もいる。小高区の元漁師志賀勝明さん(69)は8月、相馬市に家を建てた。「祖父母が苦労した土地を離れるのはつらかったが、孫たちを自由に遊ばせられない小高には帰れない。家族と暮らす決断をし、墓も移した」と苦渋の選択を語る。
漁船は津波で大破し、仕事はあきらめた。被災した集落は散りぢりになり、荒れた自宅は昨年末に解体した。現在は福島に思いを寄せる人に、現地を案内することが心の支えだという。志賀さんは「津波だけなら戻れたが、放射能で汚染されたから帰れない。政治家が事故の教訓を謙虚に受け止めていれば、原発再稼働なんて言えるわけがない」と悔しさをぶつけた。 (安藤恭子、大村歩)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る