10月15日 寂聴 残された日々 40老いのケジメ 

朝日新聞2018年10月11日30面:さようなら日記も恋文も便りも 地球がヒステリーを起こしたような気候不順の日がつづき、台風がこれでもか、これでもかと押し寄せてくるうち、はや秋の空が顔を見せはじめた。何と十月もなかば近くなっている。ああ、もうすぐ、今年も終わるとあわてている。この正月で昔風なら私は九十八になる。まさか、こんなに長生きするとは・・。ただし、肉体は正直なもので、歳月と共に衰え、年中、体じゅうのあちこちが痛い。家のなかでは杖もつかず歩いているが、その背は丸くなり、ひどく歩き方が頼りない。毎日、口癖のようにー死んだ方がましーとつぶやきながら、二度の食事はけろりと食べているから、まだ当分死にそうもない。得度して四十六年にもなるのも、すべて仏さまのおかげと感謝しているものの、長生きが仏さまのおかげとは思えない。おかげがあるなら、さっさとあの世へ出発させてくださりそうなものだと思う。あの世へのキップがまだ頂けないのは、出家したくらいでは許されない悪徳の数々を、私が積んでいるからであろう。
とは言っても、この年齢になれば、今死んでも不思議でもないので、近頃、急にせかせかと、この世への「ケジメ」をつけ始めている。読み返したら、ろくでもないことばかり書いてある旧い日記や、大切そうにとってあった昔々の恋文とやらも、みんな焼いてしまう。秘書やお手伝いの目を盗んでそれをするのは、ちょっと緊張を要する。今となっては、数百冊の出版された自分の本も三分の二くらいは焼いてしまった方がいい気になったりする。
衣類は得度の時、ずいぶん片づけたが、その後四十六年もの歳月に、法衣のあれこれが貯まってきた。一番よく着る法衣に痛みが目立つので、法衣屋に新しく注文しようかと思い、とんでもない、今更と、あわててそんな迷いを打ち消している。それでも思い迷った末、三十一年もつづけてきた「寂庵だより」という、ささやかな新聞をこの際、出版禁止にした。これは自分の新聞を持てば、まさかの時も自分の意見を世に問えるだろうし、他に力もない出家者としての奉仕の一つになるかもという考えからの出版だった。幸い好評で定期購読者が増えつづけた。
ところが私の老衰につれて、新聞の原稿をほとんど一人で書いてきたことが続かなくなり、病気も多くなり、少しずつ発送が遅れるようになった。二、三カ月から半年も、休んでしまうことになった。迷い迷った末、この際、発行を停止した。毎月購読料を貰っているので、それを清算し、私のおわびの手紙と、一番新しい本(ドナルド・キーンさんとの対談)を入れた封書を出した。一万近くあったのが半分以下に減ったとはいえ、とても寂庵では送れないので出版社に頼んだ。
現在その読者だった人々の手紙が連日どっと届いている。みんな長い手紙で、涙なしでは読めない。読むのが生き甲斐だったのにと云ってくれ、長年一度も値上げがなかったとほめてくれたりする。それを拝借しながら、また出版したくなってむずむずする。しかしこれが「老いのケジメ」だと、自分をなだめるのだった。

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