10月13日 オトナになった女子たちへ 伊藤理佐

朝日新聞2017年10月6日29面:わたし、ファンなので むかし、となりのおしゃれなおねえさんはわたしに言った。「恋人がサンタクロス♪」とは言わなかったけど、となりでなく真正面に座った漫画家の先輩だったけど、美人だった。わたしハタチくらい、おねえさんは30歳くらい。喫茶店だった。
「好きな人に好きって言っちゃダメだよ、リサちゃん」赤い口紅で笑う。「アナタのファンです、って言うの」珈琲をいじる。「そうしたら『好き』だけは伝わって・・」一口珈琲を飲んで、「いつでも逃げられる」とカップの口紅を指で拭いた。記憶する。忍術みたいだ、とドキドキした。しかし、それを実生活で使うことはなかった。忘れていた。ところが。
ついに、この匠の技を使う時がきた。わたしはまた、新らしいお皿を買ってしまった。食器棚がパンパンなので、ヨシダサンが皿を増えていないか目を光らせているのだ。オクサンが皿を買って気づくダンナサンなのだ。前に「色違いならわかるまい」と、お気に入りのシリーズを色違いで増やしたらアッというまに気づかれた。「よくわかったね~」と褒めたら「いちおう、色を塗る仕事もしているんでね」と、怒っていた。のに、また1枚、ステキなお皿を購入してしまったのだ。
「増えていますよね?」敬語だ。敬語は怒っているの印。この時、とっさにあの技が出たのだ。わ、わたし・・「この皿のファンで」うぐっ。ヨシダサンが一歩さがった音がした。仕事柄、その単語にちょっと弱いこともある。その皿は許された。ファン。なんて便利な言葉だろう。皿に使っちゃったけど。
別の日、ヨシダサンの靴が新しかった。靴箱がパンパンなので、靴が増えていないあか、わたしが目を光らせているのだ。「新しいですよね?」敬語だ。モジモジしたヨシダサンが「アッ」と、思い出して言った。「ボクは、この靴のファンなのです」 パ、パクられた・・。(漫画家)

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