10月11日てんでんこ 商店街「2」酒田

朝日新聞2018年10月6日3面:顔の見える関係を築いてきた。「隣のネットワーク」として支援に動き出す。 宮城県南三陸町の商店主や住民らを奮い立たせた福興市は83回を数える。皆勤賞に近い佐藤美幸(57)は夫の英夫(62)と、山形県酒田市の中通り商店街で仏具店を営む。酒田といえば、1976年の大火で知られる。1700棟以上を焼失し、死者1人、被災者は約3300人にも及んだ。中通り商店街は復興の土地区画整理事業などで生まれ変わった。2年半での復興は、95年の阪神大震災でお手本にされたとも言われる。
あの日、酒田も震度5弱の揺れに襲われた。一晩だけではあったが、停電にも見舞われた。夜になってコンビニで品切れになったロウソクを買いに来る客が訪れ始めた。そぐに商店街振興会のメンバーから提案があった。「被災地で炊き出しをしてはどうか」。だが、どこへ? あてはなかった。同じ頃、神奈川県鎌倉市に住む藤村望洋(74)から幸美に連絡があった。「南三陸を支援しよう。準備をして」
藤村は「ぼうさい朝市ネットワーク」の代表だ。2008年、いざというときに全国の商店街が助け合うシステムを作った。19都道府県34地域の商店街が手をつないだ。震災直後の被災地は混乱し、救援物資の仕分けすらままならない。被害が少ない「隣」の商店街を拠点に全国から物資を集め、被災地の求めで送り込もう。そんな仕組みだ。
「訓練」と称し、加盟商店街の名品を集めて売る「ぼうさい朝市」も始めた。第1回が酒田、09年11月の第9回は南三陸だった。東日本大震災から2日後の11年3月13日夜、酒田の商店振興会のメンバーが集まった。どんな支援ができるかを考えるためだ。そこに藤村が現れた。新潟経由で列車を乗り継いで来た。「被災地が必要な物を届けたい。現地の状況が分るまで待ってくれ」藤村は翌日、「南三陸通信」のメール第一報を、全国の加盟商店街に発信した。「顔の見える関係を築いてきたみなさんが協働で、南三陸を中心に支援できたらと思います。『隣のネットワーク』としては、(酒田の)中通り商店街が動き出しています」幸美は15日、自らの「もっけだの『仏壇屋のおばちゃん』ブログ」で、物資の提供を呼びかけた。「(商店街を回ったけど)売ってねけ。協力をお願いします」
(佐々木達也)

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