10月11日 平成とは 首相、倒れる「4」

朝日新聞2018年10月5日夕刊10面:いら立ち、体重も減り 倒れる数日前から、首相、小渕恵三の心労は募っていた。2000年3月23日付の朝日新聞朝刊1面トップは「内閣不支持45%に急増」。支持率は5ヵ月前の自自公連立政権発足時から下がり続け、この時に不支持率と逆転した。世論調査の分析では赤字国債による景気対策への不評が主因だったが、小渕は側近の株取得疑惑への批判も「ものすごく気にしていた」と当時の秘書官は話す。25~26日はサミットの下見で首相就任後初めて沖縄へ。「強行軍で会場を回って料理も聞き、隅々まで把握して帰ってきました」と妻の千鶴子(78)は振り返る。公明党衆院議員だった草川昭三(90)は、この時握手した小渕の手の冷たさに驚いたという。
沖縄で小渕は、米軍人と日本人女性の間の子を支える民間スクールを支援したいと表明。この件に取り組む公明党が小渕を宿泊先に訪ね感謝を伝えた時のことだ。「疲れていたね」と草川。「同時並行で小沢(一郎)さんに揺さぶられていた。自民党は公明党に寄っている。自由党を大切にしないと出ていくぞと」。当時の自民党幹事長代理の野中広務は著書に小渕からの相談を記す。小渕は自由党党首の小沢に、ともに解党して合流を、さもなくば連立解消だと言われ、悩んでいたという。29日には、前月に始まり4度目となる党首討論があった。小渕は前日に官邸の執務室で経済企画庁長官の堺屋太一(83)と打ち合わせ中にトイレへ立ち、なかなか戻ってこなかった。「中で居眠りをしていた」と堺屋は明かす。
4月1日の連立3党首会談が前日にセットされる。見通しをと総理番記者が食い下がると、小渕は「ですから」と遮った。「イライラしている時の良い方です」と、総理番でよくやり取りをした元時事通信の菊地恵介(42)は話す。小渕の体重は首相就任から1年8ヵ月で6㌔減り、この年にはワイシャツの首回りに隙間が目立ち始めていた。 (藤田直央)

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