10月10日てんでんこ 音楽の力【30】

朝日新聞2017年10月4日3面:地元に伝わる甚句や大魚節で声をそろえる。「地域の誇りを思い起こす」 今に飾られた航空写真は、東日本大震災前の岩手県大槌町の街並みだ。国道脇の住宅地に小さな黒い点が見える。自宅庭にいた後藤富子(69)だった。撮影の約1年後、一帯は津波に襲われた。後藤は今、高台の災害公営住宅に住む。窓からは自宅のあった辺りが望める。
後藤は震災が起きた後、地区の人らと同県内陸部の花巻温泉に長期避難した。そこで通ったのが支援の歌の会だ。花巻の音楽療法士、三井和子(66)らが企画した。後藤が地元に戻れたのは約2カ月後だった。プレハブの仮設住宅の壁は薄く、隣人を気遣い、音を立てない生活が続く。ある日、地区の海岸で知人の女性が叫んでいた。
「こんちくしょう。歌っこ歌いたい」後藤からの電話で三井が駆けつけた。仮設住宅で歌の会を催し、リクエストを募った。被災者が希望したのは、地元の青年らが震災後に作った曲だった。がれきの中から立ち上がろうとする姿を歌う。被災者たちは励まし合うように声をそろえた。
小さな地区でも、家を失った人と難を免れた家の人との間に心の壁ができた。互いに声がかけられない。三井はあえて、無事だった人にも参加を呼びかけた。三井は次第に気づく。皆が好むのは、童謡や流行歌ではなく。地元に古くから伝わる甚句や大漁節などだ。高齢の男性がねじりはちまきで太鼓をたたくと、全員の声量が大きくなる。心の壁が消えていた。
「歌の会を通じて地元の歴史や良さを再認識した。若者にも伝えたい」。それが生きる力になると、後藤も言う。今も大槌町の吉里吉里(きりきり)に通う三井は今年7月、茨城県内であった音楽療法の国際会議で約6年の活動を英語で報告した。会場で英テレビ局BBCの関係者が関心を寄せてきた。
三井は音楽の力を再認識した。「伝承音楽で地域の誇りを思い起こし、再び海と生きていこうとなったのだろう」地区の50~90代の三十数人は今、「鯨山合唱団」を名乗る。地元のシンボルの山の名が由来だ。練習はいつも寺。好む歌はもちろん甚句や大漁節だ。(山浦正敏)
「音楽の力」は終わります。衆院選報道のため、「てんでんこ」はしばらく休みます。

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