10月10日てんでんこ 商店街「1」福興市

朝日新聞2018年10月5日3面:わずか50日後、産声をあげた。各地からの特産品が並んだ。 台風24号が近づき、雨が降る中、仮設魚市場に9月30日、名産のタコが並んだ。東日本大震災直後から83回を数える「福興市」だ。宮城県南三陸町は関連死を含めて620人が命を落とし、なお211人が行方不明だ。なかでも魚市場がある志津川地区は市街地が壊滅した。住宅の復旧はほぼ終わったが、市街地があった海岸近くの工事はまだ続く。
あの日からわずか50日足らずの2011年4月29日、30日、福興市は避難所で産声をあげた。とはいえ、地元の商品などあるわけはない。屋外のテントに並んだのは、愛媛のみかんジュース、島根の赤天、福井のおろしそば、鹿児島の宇宿たっこん飯・・。全国の特産品だかりだ。文具やおもちゃも並んだ。各地の商店街から支援を受けた船出だった。被災者は町内外の2次避難所に移りつつあったが、集まった町民のべ1万5千人。「お前、どこにいたんだ」と抱き合う姿も。津波に襲われた一帯はまだ、がれきの山だった。福興市は、打ちひしがれた住民が立ち上がるきっかけになった。水産加工場や店、自宅をも失った及川善祐(65)は「再開の場になった。数百万円も売り上げた」と思い出す。全国の仲間たちは、売り上げをすべて残していった。「丸裸になった人たちから金は受け取れない。来月もやれ」。毎月最終日曜の福興市が恒例となった。
この成功は翌年2月オープンの仮設「南三陸さんさん商店街」に弾みをつけた。5年足らずで200万人を集めたとされる。もっともよく知られる仮設商店街とさえ言われた。昨年3月、念願の常設商店街になった。福興市実行委員長の山内正文(69)は80回の節目となった今年6月、こうあいさつした。「全国の多くの商店街のおかげ。100回まで続けて復興の旗印にしたい」その場に、サクランボを手に声を張り上げる女性がいた。70回も通い続けている山形県酒田市の佐藤美幸(57)だ。 =文中は敬称を略します。 (佐々木達也)

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