10月1日 窓 父を描いた会話した

朝日新聞2017年9月24日35面:売れっ子マンガ家だった父の姿を、大槻悠祐子さん(43)は覚えていない。記憶にあるのは、パチンコとマージャンに明け暮れ、無一文にあって帰ってくる父だ。
父は1970年代に「ど根性ガエル」を連載した吉沢やすみさん(67)。シャツに張り付いた平面ガエルの「ピョン吉」が巻き起こす人情ギャグマンガは、アニメやドラマにもなった。ど根性ガエルの連載が終わると、父はスランプに陥り、ギャンブルにのめり込んだ。負けて帰れば家の壁を蹴って破り、大槻さんがあくびをしただけで「なめているか」と激高した。
マンガで稼いだお金は底を突き、結婚指輪は質屋に消えた。娘の部屋を荒し、学費まで持ち出した。耐えかねて母に相談すると、母は「お父さんは悪くない。あなたの思い込みということにする」。逆に父の前で土下座させられた。母は母で、父のプライドを保とうと必死だった。
いつしか、そんな家族の形が当たり前だと思いこみ、引きこもって過食症になった。29歳で家を出るまで、そうした日々が続いた。結婚して初めて、「家族から罵倒されないのが普通なんだ」と目が覚めた。何年か経ち、両親から距離を置けるようになって、つらかった胸の内を父にぶつけた。
返ってきたのは「弱すぎる。嫌だなあ」。取り付く島がなかった。2年前、父との日々を「ど根性ガエルの娘」と題したマンガにして、ウェブ雑誌で連載を始めた。かつて、父の書斎には出版社から送られたマンガ雑誌があふれていた。幼いころ、夢中で読んだ。そんな時間が、つらいことを忘れさせてくれた。
同じ土俵のマンガなら胸の内が伝わるかもしれないー。両親と弟にも取材し、ギャンブル依存やDVのありのままを描いた。一読した父は「昔の俺、ひどいなあ。面白い。がんばれ」。初めて言葉が通じた気がした。
父との関係を描くことは、「復讐」とは違う。自分も母もこんなにつらかった。口に出すのとは違うけれど、これは父との会話だ。弱さと向き合う自分たちの姿を、同じように追い詰められた人に見てもらいたい、とも思う。連載はいまも続く。父はいつか、返事を描いてくれるだろうか。(工藤隆治)

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