10日てんでんこ 皇室と震災Ⅱ【3】

朝日新聞2017年7月7日3面:皇太子さまに声をかけられた少年。愛知県防災局長となり、災害対策を担った。 名古屋市港区に住む酒井俊幸さん(73)は1959年10月4日、避難していた名古屋市中区の名城小学校分校(現・名古屋市立御園小学校)で、訪れた皇太子明仁さまから声をかけられた。当時中学3年生。「どんな会話をしたか覚えていません」というが、情景は鮮明に記憶に残っている。
59年9月26日夜、伊勢湾台風による大雨と高潮で庄内川の堤防が壊れ、酒井さんの家は水没した。父母と祖母、4人きょうだいの7人は真っ暗な屋根の上で一夜を明かした。泥水がなかなか引かないな中、子どもたちは名古屋市の中心部に避難した。繊維問屋街がすぐ近くにあり、服や布団が配られたことを覚えている。
皇太子さまは岸信介首相、桑原幹根知事とやってきた。子どもたちは教室に集められ、並んで座って待っていた。当時の新聞記事によると、まず校長が「この方が皇太子さんです。こちらはテレビでよく見る岸さんです」と紹介。皇太子さまは「病気の人はいませんか。親はどうしていますか」と尋ね、「いろいろ苦しいこともあるでしょうが、気を落とさずにがんばってください」と励ましたという。
記事には、「ぼくらだけ見舞ってもらって幸福だ」と記者に語った酒井さんの言葉も載った。数日後には、皇太子さまに声をかけられた生徒として、テレビ出演もしたという。酒井さんはその後、愛知県職員になった。県地方課、企画部などを経て防災局長に就任。就任前の2000年にあった豪雨を受けての災害対策などを担当した。「伊勢湾台風のときの体験をよく思い出しました」
自身の体験から得られた教訓は、水害では必ずしも家の外に避難すればいいとは限らないということ。「屋外で洪水に巻き込まれれば、かえって大けがをする危険もある」。04年10月の中越地震で新潟県に応援職員を送り出す際も、自身の経験から「被災地には何もない。非常食を持って行くときには器も箸も準備しないと役に立たない」と助言した。
天皇陛下は伊勢湾台風での被災地訪問を原点に、被災地見舞いを重ねてきた。酒井さんは「困難に直面した国民のもとへ直接行って声をかけるのが、愛大の癒やしとお考えなのではないか」と感じている。(北野隆一)

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