1月31日 池上彰の新聞ななめ読み 勤労統計不正

朝日新聞2019年1月25日15面:問題の焦点より丁寧に 厚生労働省の「毎月勤労統計」の不正調査には驚きを通り越してあきれるしかありません。これは厚労省の担当者による悪意ある捏造なのか、それとも統計の意味を理解しない無能ゆえの所業なのか。どのような理由であれ、途中でこっそりと修正を始めた結果、2018年6月の「現金給与総額」は前年同月比で3.3%増という高い数字になりました。実に21年5ヵ月ぶりの高い伸びだそうです。これだけを見たら、「アベノミクスの成果が出て、給料が増え始めたぞ」と主張できることになります。まさか、こんなところまで安倍政権に対する忖度が広まっているとは思いたくありませんが、疑惑を招いてしまいます。
この問題について、朝日新聞は連日大きく報道しています。この問題意識はいいのですが、記事となりますと、もう少し読者に親切な表現にしてほしいと言いたくなります。読者の多くは、「統計」という文字を見ただけで、その先へ読み進む意欲を失ってしまうからです。たとえば1月22日付朝刊の1面には、左記の表現があります。<この統計は賃金の動向などを毎月調べて発表するもので、政府の「基幹統計」の一つ。従業員500人以上の事業所はすべて調べるルールだが、厚労省は2004年から東京都分の約1400事業所のうち、約3分の1を勝手に抽出して調べていた> これが問題のポイントですが、統計に詳しくない読者が初めて読んだときには、これのどこが問題なのかピンと来ない恐れがあります。東京都内の従業員500人以上の事業所といえば、大企業の割合が高くなります。給料も中小企業よりは多いのでしょう。そうした企業を3分の2も排除して集計したのであれば、勤労世帯の平均給与は実態より低く出ます。今回の事件の外洋を説明する記事では、煩わしくてもここまで丁寧に書いておいた方がいいでしょう。
こうして実態より低く出た数字が雇用保険や労災保険の給付額に反映されていたわけですから、多くの人への支給額が低くなってしまいました。単なる統計上の数字の問題ではなく、実に大勢の人に実害を与えたのです。統計処理が誤っていたために給与水準が実態より低くなっていたわけですが、2018年の給与水準の高い伸びは、データを修正しただけではなかったことが、同日の本紙4面に出ています。<一方、算出方法も変更され、従業員30~499人の事業所の調査対象も半数が入れ替わった> その結果、「現金給与総額」が大幅に上昇したというのです。手順を踏んだ入れ替えだったとしても、大幅な「給与の伸び」を見せるための調査対象入れ替えに見えてくるではありませんか。
厚労省といえば、去年は裁量労働制をめぐり、直接比較できないのに裁量性で働く人と一般労働者の労働時間を比較した資料を作成していました。この結果、安倍晋三首相が衆議院予算委員会で「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもある」という間違ったコメントをしました。あのときに統計データの処理の仕方に気をつけなければならないことを骨身にしみて理解していたと思ったのですが。
このことを思い出した読売新聞のコラム「編集手帳」の担当者は、21日付朝刊でこう締めています。<厚労省の不祥事発生率は統計上、有意に高い。あまりに嘆かわしい> 日経新聞のコラム「春秋」も負けていません。すでに19日付朝刊で、こう皮肉っています。<古今東西、統計をめぐる名言は少なくない。「統計であらゆることが証明できる。ただし真実を除いて」もその一つ。だがもう、少しも笑えない。真実を指摘している言葉だとしか思えないからだ> 政府の発表が信じられないとは、恐ろしいことです。 ◇東京本社発行の最終版を基にしています。

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