1月30日 未来ノート バトミントン 奥原希望 

朝日新聞2018年1月21日17面:父も驚いた本気 負けず嫌い二重跳び50分 「迷ったら、苦しい道を選びなさい」。相手のシャトルを拾いまくる奥原希望(のぞみ)(22)の粘り強いプレーの原点には、父の圭永(きよなが)さん(59)の言葉がある。北アルプスのふもと、長野県大町市で生まれた3人きょうだいの末っ子。物理教諭の圭永さんがバドミントン部の顧問をしていた大町北高校の体育館で、五つ上の姉や三つ上の兄とともに、小学1でラケットを握り始めた。
スキーの指導員もしていた圭永さんは「本当はスキー選手にさせたかった」。冬は毎週ゲレンデへ。水泳やピアノも挑戦させた。その中で奥原はバドミントンを選んだ。「スキーは簡単に滑れて『あ、できた』って感覚がなかった。逆にバドミントンは難しい。今日はこれができたとい達成感があった」。小学2年で全国大会に出ると、のめり込んだ。父の指導は厳しかった。平日は1日1千球、土日は2千球を超えるノック。ミスをすればダッシュをさせられ、座って休めば「空き時間も有効に使え」と怒られた。苦しい表情をしても「あと1本」と求められた。奥原は「楽をすれば自分のベースが下がっていく。苦しい道を選び続ければ、その先に何かが見えてくると言われてきた」。
娘も筋金入りの負けず嫌いだった。小6の冬、練習態度が気に入らなかった圭永さんに「やる気がないならやめろ」としかられた。「やる気はあります」と言い返した。「口ではなんとでも言える。態度で示せ」と言われると、自宅の廊下で裸足のまま、縄跳びの二重跳びを始めた。50分が過ぎ、過呼吸になりながら跳ぶ娘を父は慌てて止めた。奥原の顔は汗でぐしゃぐしゃ、足には大きな水ぶくれができた。「この子になんてことを言ってしまったんだ」。父はこの「事件」をきっかけにスキーの指導員をやめ、バドミントンの指導に専念する。それ以来、娘に「やる気があるのか」とは言っていない。(照屋健)

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