1月27日 人生の贈りもの ジャーナリスト大谷昭宏11

朝日新聞2019年1月21日37面:転身 エースの一言で迷い断つ 「飲みに行こう」。夕方になると社会部長席にいた黒田なのおっさんはそわそわします。仕事が空いていそうな部員に声を掛けていましたが、一番一緒に飲んだのは私だったんじゃないかな。《黒田清さんは1984年秋、読売新聞大阪本社の社会部長を解かれ、兼務だった編集局次長に専任となる。周囲の目には窓際人事と映った》「黒田軍団」の一員と目された記者の中には、地方へ飛ばされた人もいました。私は人気コラムの「窓」を担当していたこともあり、異動はなかったのですが、「社会部には顔を出すな」と新しい部長から厳しく言われました。しかも、部屋の移動を余儀なくされ、窓のな部屋に移ったのです。ですが、黒田のおっさんに何かあれば味方になって戦う覚悟でいました。私は87年1月、黒田さんとともに読売新聞を退社。一緒に「黒田ジャーナル」を起こしました。《事務所を大阪市北区の小さなビルの中に置いた。「反戦・反差別」を掲げ、月間のミニコミ紙「窓友新聞」を発行。国内最大の発行部数を誇った新聞から、月1回約3千部の記者への転身である》
最後に背中を押してくれたのは、読売新聞社会部のエースで、退社後に『誘拐』『不当逮捕』『警察回り』などの著書を残したジャーナリスト本田靖春さんでした。「大谷君、我が家で一杯やろう」とお誘いを受けたのです。西武線の下井草駅(東京都杉並区)から教えられた道を歩いていくと住まいがありました。古びた雑居ビルの一室でした。「今日君を呼んだのは、このあばら家を見てほしかったんだ。ジャーナリストはこれで十分なんだ」と言います。愛する大阪読売を離れることへの寂しさや不安はありましたが、あの一言で吹っ切れました。大きな組織に所属せずともジャーナリストはジャーナリストなのです。(聞き手 編集委員・小泉信一)
大谷昭宏1945年、東京生まれ。元読売新聞社会部記者。著書に『事件記者という生き方』など。

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