1月23日てんでんこ 伝える「9」多言語放送

朝日新聞2019年1月18日3面:焼け野原の神戸市長田区で、韓国・朝鮮語、ベトナム語のFMが生まれた。 神戸市長田区は24年前の1月17日、阪神大震災で焼け野原となった。ここでコミュニティーFM「FMわぃわぃ」を運営していたNPO代表の金千秋は昨年11月、インドネシアにいた。世界コミニュティーラジオ放送連盟のアジア・太平洋地域会議に出席するためだった。翌月には熊本市である「全国被災地語り部国際シンポジウム」が控えていた。休む間もなく飛び回る。
FMわぃわぃは震災から1年後の1996年1月、正式にスタートを切った。韓国・朝鮮語、ベトナム語、スペイン語・・。日本語を含めた7言語の番組が流れた。兵庫県の臨時災害FMができなかった多言語放送局だ。その胎動は、震災からまだ2週間後、混乱の中にある長田区で始まっていた。この街は靴を作る町工場がひしめいていた。経営者には在日韓国・朝鮮人が多い。「在日の人たちに呼びかける放送局があれば」と、大阪で微弱電波を使った「ミニFM」を流す局が協力し、韓国・朝鮮語と日本語のミニFM「FMヨボセヨ」が生まれた。町工場では多くのベトナム人が働いていた。住まいを失い、公園などにテント村を作っていた。支援物資をもらっていいのか。言葉の壁がそびえる。被災したベトナム人を支えるグループなどの協力で、震災から3ヵ月後、ミニFM「FMユーメン」からベトナム語などの情報が流れ始めた。この二つが合体してできたのが、FMわぃわぃだ。最も多い時で10言語の番組があった。98年にはインターネット放送も始めた。
機材の更新時期を迎えて資金のねん出が難しく、2016年、ネット放送に絞った。多文化の共生が旗印だ。人種や民族、性別、障害などに関係なく、自分らしく暮らせるまちづくりおめざす。阪神大震災の活動を通じて育った思いだ。金は言う。「地域と地域、人と人とのつななぎ手になること。これが24年前に市民が立ち上げた最初の災害放送局としての役割だ」経験を生かし、被災地を支援する。東日本大震災では宮城県南三陸町などの臨時災害FMの立ち上げに関わり、気仙沼ではフィリピン人女性グループの番組制作を手伝った。インドネシアやハイチなど海外にも出向く。岩手県宮古市の臨時災害FMも支援先の一つだった。
(佐々木達也)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る