1月22日 新聞を読んで 大串尚代

東京新聞2018年1月14日5面:死を忘れるな とある老齢の女性宅に電話がかかってくる。受話器を取ると聞きなれない男の声がこう告げる。「死ぬ運命を忘れるな」。そのまま電話は切れてしまうが、数日するとまたかかってくる。犯人を捜そうとする女性は、身内や友人に助けを求めるが、彼らも謎の電話を受けるようになる。いたずらめいた電話に皆がうろたえるなかで、一人だけ、80を超えた女性作家は電話口でこう返答する。「ああ、そのことなら」、「あたしは30年以上もおりにふれて考えてきたわ。なんとなく死のことだけは忘れないわ」と。
英国人作家ミュリエル・スパークの小説『死を忘れるな』(白水社)は、謎の電話に対する老人たちの反応を、ユーモアを交えて描いた作品である。原題は『メメント・モリ』。ラテン語で「死を忘れるな」を意味することの言葉は、本紙朝刊に12月26日から31日まで掲載されたシリーズ記事「亡骸を追う」のタイトルであった。残骨灰の処理を巡る自治体の対応や、そこからとれる金属片の分別、「法のはざま」に置かれた残骨灰の現状がわかる。
個人的な話になるが年末に義父を亡くし、火葬場に足を運んだばかりだったが、こうした施設の仕組みを知らないままであった。「遺骨」でもなく「廃棄物」でもない残骨灰を巡る議論を知ると、人が供養すべき対象はなにかという問題を考えてしまう。年末には、韓国で人気を誇るアイドル・グループ「SHINee(シャイニー)」のジョンヒョンさんっが27歳の若さで自ら命を絶つというニュースが舞い込んできた。
歌唱に作曲に才能のあった彼がなぜ死ななければならなかったのか。29日朝刊6面「韓国 自殺歯止めなく」では、隣国・韓国にあける自殺の状況が報じられていた。特に驚くのは高齢者の自殺率の高さだ。「独居や経済的な問題も絡んでいるとみられる」とあるが、経済格差が問題視されている日本でも気をつけるべきことなのかもしれない。
ところで、24日朝刊(5面)で、堀川恵子さんが「新聞を読んで」をご担当になると知った。堀川さんの『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』(文芸春秋)を読んで心を動かされたわたしは、広島を訪れた際、供養塔に足を運んだ。そこに眠る遺骨は、戦争の記憶を留めるだけでなく、死とはどのようなものなのかを示す存在でもある。原爆投下後の長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」を使用したローマ法王の核廃絶の呼びかけ(1月3日朝刊2面)もまた、同様であると感じた。「死ぬ運命を忘れるな」メメント・モリは現世のうつろいやすさを示す言葉である。そしてまた、どのように生きるかを、わたしたちにといかけるのである。
(慶応大学文学部教授) *この評論は最終版を基にしています。

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