1月18日 自分は主役のガンダムじゃなかった。けれどー

朝日新聞2019年1月13日4面:「普通の人」こそ組織を変える 情報誌の編集をやりたいと思っていたのに、配属されたのは営業だった。千葉商科大専任講師の常見陽平さん(44)は大学卒業後の1997年、リクルートに入社した。ファクスで新製品情報などを一斉送信するサービスを企業に売り込む部署に配属された。全く希望していない部署だった。配属先の希望を聞かれた面談では「何かをつくり出したい」「仕事を通して、社会を変えたい」と人事担当者に訴えた。
常見さんは一対一で人と話したり、相手の話を聞いたりすることが苦手だった。思うにまかせない組織の人事に、落ち込んだ。リクルートに入社したのは実力主義の社風と聞いていたし、「面白い人が多い」と思ったからだ。「うちの会社をどう思う?」と聞く役員に「うさんくさいと思いました」「起業したいので3年で辞めます」と答えたが、内定が出た。「本当に生意気な学生でした」と常見さん。
働いてみて、「実力」の意味がわかった。それは「サービスを売った数字によって人材評価が決まる」というシンプルな価値観だった。当時の営業の仕事ぶりはすさまじかった。サービスを売るために、1日5~6社を訪ねた。並行して企画書や見積書の作成も行う。夕方に会社で電話をしていると、「まだ営業先のあかりがついているのに、なぜ行かないのか」と上司に怒られたこともある。仕事が終わらず、土日のいずれかは出勤した。先輩たちが商談や書類の準備をしていた。トップを取るために、みんながしのぎを削っていた。常見さんの営業成績はなかなか良くならなかった。会社では、自分は「実力」がないことを痛感した。
気づくと、「社蓄」のように朝から夜遅くまで働いている自分がいた。心身ともに疲れ果てた。雪の降る日、駅の売店でライバル社が発行していた就職情報誌を買った。営業に向かう途中の電車で読んだが、求人は少なく、あっても営業の仕事ばかり。給料は今よりも低い。入社した97年は山一証券や北海道拓殖銀行が経営破綻した「就職氷河期」の時代だった。あるとき、「今の仕事が嫌だ」と同期の社員に不満をぶつけた。すると、「お前はやりたいことはあるのか?」と聞かれた。「え?」と思った。心の底にはいつも、「何かを成し遂げたい」という強い衝撃はあった。起業して、何らかの企画会社を立ち上げたいと漠然と考えてはいたが、具体的なアイデアは何もなかった。やりたくないことはあっても、やりたいことは何もない自分に気づいた。
その同期は、すぐに自分のやりたいことを実現するために転職した。「今は会社に居続けるしかないな」と思った。目の前の仕事にしっかりと取り組むようになった。顧客とリクルートグループとの過去の取引を調べ、営業のきっかけを見つけるなど、工夫を重ねていった。2年目を過ぎると、会社で働く楽しさが分かるようになってきた。営業で多くの人と出会った経験を通じて、苦手だったコミュニケーションが自然とできるようにんっていた。
仕事をしていくうちに電話のかけ方、敬語のつかい方、書類の作成方法など、社会人としてのスキルを身につけいたのだ。その後、希望していた情報誌の編集部に異動した。ただ、「ビジネスの本質という点では、営業と変わらないな」と思った。社内外のニーズをくみ取って、目標を達成することが求められる点は同じだからだ。31歳でリクルートを退職し、バンダイに入社。採用を担当した。その後、人材コンサルティング会社に転職した。そのころから、副業にしていた「物書き」の仕事が軌道に乗り始めた。2012年、38歳でサラリーマン生活に終止符を打ち、幼いころからの夢だった物書きとして独立した。
これまで、会社と個人の関係をでーまにした著作を多数出版してきた。大学では、労働社会学を教える一方で、「働き方評論家」として講演活動も行っている。会社で地道な経験を積み重ねてきたからこそ、今の自分があると思う。物書きになってまもなく、大好きだったアニメ「機動戦士ガンダム」を見直して気づいた。「自分は主役のガンダムではなく、ジムだったな」 ガンダムは事実上、1機しかないが、ジムは一般の兵士が使う量産タイプだ。自分も含めて、会社で働く99%以上の人たちは、ガンダムのような「すごい人」ではなく、ジムのような「普通の人」だ。
サラリーマンを経験してわかったのは、会社を動かしているのは、ビジネス誌の表紙を飾るカリスマ経営者ではなく、普通のサラリーマンだということだ。会社には、ふだんは目立たないが、困ったときに頼りになる先輩がたくさんいた。そんな「できる普通の人たち」が、仕事に真剣に取り組むから、会社は持続しているのだ。リクルートで働いたとき、出世コースからは外れているものの、社内外の人脈が豊富で、「その人がいなくなると事業が成り立たない」という先輩がいた。謙虚な「名脇役」だった。そんな先輩たちから、組織で生き残る方法を学んできたことに気づいた。
会社には二つの側面がある。人材を育成し、成長を促す側面と、「長時間労働」「パワハラ」を生み出し、個人を疲弊させる負の側面だ。しかし、常見さんは「負の側面は変えていけるはずだ」と信じている。実際に会社を動かしているのは、圧倒的多数の普通の人たちだからだ。その現実を直視し、お互いの悩みを共有して力を合わせれば、会社も社会も、変えていける可能性がある。そんな希望が、会社にはある。(古屋聡一)

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