1月18日 時代を読む 浜矩子

東京新聞2019年1月13日5面:救世主が被告になる時 1999年、カルロス・ゴーンが日本にやって来た。その時、彼は救世主だった。そして、2019年の今、彼はゴーン被告として化して拘留されている。有価証券報告書へ報酬過小記載問題に次いで、会社法違反の特別背任罪でも、追起訴された。彼は有罪なのか、無罪なんか。拘留など日本の司法制度のあり方に問題があるのかないのか。前者については、司法判断の成り行きを見守るほかない。後者については、大いに問題がありそうだ。かねて、内外の人権団体が疑問視している。司法判断の成り行きと司法制度のあり方が、相互に無縁だとはいえなかもしれない。いずれにせよ。何とも闇深き怪事件が盛り上がったものである。注視し続けていく必要がある。
それはそれとして、救世主が被告に変容するまでの20年間を、少し経済の視点から振り返ってみたい。1999年は、日本にとって、かの「失われた10年」が最終局面に差し掛かる時だった。89年末のバブル崩壊によって、日本はデフレがデフレを呼ぶ蟻地獄に吸い込まれた。その中から、ようよう、はい上がり始めたのが、90年代末から2000年代にさしかかる時だった。失われた10年を通じて、日本経済はデフレ病の重篤患者として入院中だった。それも、集中治療室に入って、さまざまな政策的生命維持装置に依存しながら命をつなぎ留める日々を送っていた。何とか退院にこぎつけて、病院の外に一歩出た時、病み上がりの日本経済を待ち受けていたのが、グローバルジャングルだった。
その中で生きながらえていくには、過激で超高速のリハビリが必要だ。それを痛感し、それにおびえる日本的経営の担い手たち。その眼前に降臨したのが、救世主ゴーンであった。つらいのは分かる。だが、やるしかない。そう宣言する非情な理学療法士。だからこそ、頼りになる。救世主の後光がまぶしい。日本中の書店が、ゴーン的経営礼賛本であふれかえった。そして20年後、今の日本はどうなっているか。端的にいえば、リハビリ疲れで基礎体力がかえって低下してしまったようである。ひょっとすると、あの「つらいだろうがやるきゃない」という救世主のお言葉にもう一つの病魔が潜んでいたのかもしれない。
これっきゃない。やるきゃない。これらの言い方は、人間を決定的な思考停止状態に追いやる。ある意味で、こういうふうに言われるほど、楽なことはない。ともかく、言われた通りにしていればいい。リストラこそ、至高のリハビリなり。だから、余計なことを考えずに実行あるのみ。耐えがたきを耐えて奮励努力していればいい。つらさに耐えること自体が、自己目的化する世界だ。こうしてみれば、救世主が被告に転落するまでの20年間を通じて、日本的経営はそのスタイルこそ変わったが、その精神風土において何も変わらなかったといえそうだ。「これきゃない・やるきゃない」主義は、戦後長らく、日本企業にとって不可能を可能にする奇跡のフォーミュラ(公式)だった。だからこそ、救世主のご託宣があれほど経営者たちのハートをわしずかみにしたのかもしれない。救世主が被告と化した今、日本的経営には、改めて、思考停止の魔の手を振りほどく知性が求められる。覚醒の時だ。(同志社大教授)

 

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