1月17日てんでんこ 伝える「5」災害FM

朝日新聞2019年1月12日3面:「小さな町では非常時にラジオ放送まで手は回らない」。厚真町の職員は悩む。 放送開始まで、あと4時間と迫っていた。北海道を襲った地震から13日後の昨年9月19日、むかわ町役場にスーツケースを持って現れた大型な男が、町在住の主婦2人に台本を手渡した。2人は、町が開局するFMのパーソナリティーを務めることになっていた。男は2011年3月の東日本大震災の時に宮城県女川町の女川さいがいFMで災害放送をした大嶋智博(45)だ。地震で1人が死亡、250人余りのけが人が出たむかわ町は、国の担当者の口頭許可で始められる災害FMのスタジオを役場の廊下に設けた。
開局を町に働きかけたのは、北海道室蘭市で地震後に緊急放送をした沼田勇也(42)だ。むかわ町の知人から、配給の誤情報が出回るなど混乱が生じていると聞かされた。送信機は北海道総合通信局から借りたものの、扱える人が役場にいない。沼田は、友人の大嶋や、道内のほかのコミュニティーFMに声をかけた。集まったスタッフの中に、東日本大震災の時にラジオを持って女川町を訪れた北海道恵庭市の三浦真吾(39)もいた。大嶋と三浦は7年半ぶりの再会を驚くも、すぐに準備に入る。大嶋がスーツケースで運んできたミキサー(音響機器)を三浦が動かした。災害FMの放送が町内に流れた。
今村京子(68)はバスガイドの経験があり、町の催しでよく司会を務めていたため、町からパーソナリティーを依頼された。開局すると、「あの店が再開した。ラジオで伝えてあげて」などと、よく声をかけられた。だが町は、放送を9月末までの平日の8日間で終えると決めていた。担当の職員は言う。「支援の人たちが来たので始めたが、長期間頼り続けるわけにはいかなかった」
36人が亡くなりた隣の厚真(あつま)町は、地震の2週間後に災害FMを始めた。コミュニティーFMから転職した職員がいて放送機器を扱えた。平日の朝8時、正午、取る6時から30分間の放送を職員らが本業以外の時間で続ける。人口4千の町では自身直後、1千人避難した。その時に放送できていればー。放送担当のまちづくり推進課主幹、小山敏史(42)は悔やむ。「でも、職員100人の小さな町では非常時にラジオ放送まで手は回らない。再び大災害が起きた時、どうすればいいのか」。今も答えは見つからない。(岡本進)

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