1月17日 平成とは 台湾「6」

朝日新聞2019年1月11日夕刊14面:驚きの写真が机上に 李登輝の東南アジア歴訪を追う出張から戻り、日台をつなぐもう一人の人物と出会った。1994年初夏、東京・白金台の台北駐在経済文化代表を訪れたときだ。代表処は外交関係のない台湾が日本においている交流機関で、ビジネスや観光などの実務的なやりとりを担う。メディアとの窓口役や情報発信を担当する「新聞広報部」に入ったら、頬が落ち込み、目がギョロッとした男性がいた。それが、2度目となる新聞広報部長に就いたばかりの張超英だった。自室に移ると、江戸っ子のような日本語で話し始めた。張は、国際法などの研究者だった父親が東大にいた時に生まれた。日本から台湾に戻り、香港の高校から、日本の明治大に進んだ。報道や文化を所管する台湾の行政院新聞局に入り、ニューヨーク駐在などの経験もあった。
話を聞きながら、私はそわそわしていた。気になって仕方がない写真が机上にあったからだ。首相を務めた中曽根康弘、読売新聞から日本テレビに移った氏家斉一郎、台湾の閣僚にあたる「新聞局長」だった宋楚瑜、そして張が並ぶ。軽井沢のゴルフ場での一コマだという。「いつのことですか」。「1984年だ」。「えっ」。日本の現職首相が外交関係がない台湾の要人と接触していたのか。
張は片目を閉じ、人さし指を口に当て、写真立てを伏せた。張自身が調整に動いたと教えてくれた。公務員とは思えぬ人脈が垣間見えた。「自腹」でのつきあいで築いたようだが、上司や同僚が嫉妬したほどだったという。張は85年に退職したものの、日本との関係を重視する総統の李に呼び戻されていたのだ。日本の政財界やメディアとの関係が広く深く、日台のエピソードを次々に聞かせてくれた。たいていは最後に、人さし指を口にあてて。張が2007年に亡くなるまで付き合いが付き合い続いた。(藤原秀人)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る