1月14日 私の東京物語 安藤優子1

東京新聞2018年1月8日24面:両親は自称江戸っ子 すでにどちらも鬼籍にはいっているが、我が家の両親は東京下町に縁の深い、本人たちいわくの「江戸っ子」である。父方の祖父は、尋常小学校を出てすぐに琵琶湖のほとり滋賀県・堅田から「バスケットひとつ」で上京したという。バスケット云々はあくまでも小さい頃から聞かされているいわばアンドー家の伝説にようなもので、写真もないので真偽のほどはわからない。そして奉公した会社で「誰よりも早く出社し、練炭の火をおこしておいた」というのも、よく聞かされた(ありがちな)話であある。
結果、祖父は材木会社を起こすまで出世し、一国一城の主となった。自宅を会社のある静岡の二俣と東京にかまえ、私の父は日本橋浜町で生まれ、育った。母の祖父、つまり私にとっての曽祖父は江東区亀戸で自転車や営んでいて、母はその息子と妻、つまり私の祖父と祖母の間に森下で生まれた。その後自宅を江戸川をはさんだ千葉県市川市に移し、母はそこから深川高等女学校に通っていた。
そんな父と母が出会ったのは、戦時中に父が浜町から市川に疎開と称して偶然母の家の隣に引っ越して来たからで、運命的といえば聞こえはいいが、お隣さんで、しかも年齢も合うしという、ややお手軽な縁談であった。おかげで私たち三人、姉兄そして私が存在しているわけで、たぶんそういう時代だったのだと思う。

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る