1月13日 野球の国から 松井秀喜「6」

日刊スポーツ2019年1月9日4面:対照的な指導者に学ぶ 1992年(平4)ドラフトで、松井は4球団が競合した末、巨人から1位指名を受けた。クジを引き、サムアップする長嶋茂雄監督(巨人終身名誉監督)の間面の笑みは、野球ファンのだれもが記憶しているに違いない。その後ヤンキース入りし、名将ジョー・トリー監督のもとで盟主の「王道」を学ぶ。日米両国の恩師から、どんな影響を受けたのだろうか。「長嶋監督とトリー監督に関しては、2人との出会いがなければ、どんな野球人生を送っていたのかなと思います。ヤンキースに来た時にしても、ジョー・トリーでなければ、どうなっていたのかなと思います」
長嶋とは東京、遠征先で昼夜を問わず、マンツーマンで素振りを繰り返し、打撃の礎を築いた。2人だけの空間では、技術だけでなく、球界の主砲としての精神、魂を引き継いだ。「あまり言葉はないいんですよね。監督は常にファン(最優先)ですから。ファンのことしか考えていないんです。ジャイアンツが勝つことよりも、ファンのこと。あの姿勢は、普通の監督はできない。長嶋茂雄しかできないです。『10.8』(04年、中日との優勝決定戦)をあれだけ楽しめるのは、監督しかいないです」
ヤ軍で出会ったトリーは、感覚派と言われた長嶋とは、ある意味で正反対の指導者だった。常に穏やかな口調で、どんな相手とも諭すようにコミュニケーションを重要視した。「トリーはその人間の本質というか、人間なのかをしっかりと見つめて、徹底的に話す人。あれだけのスター軍団をまとめ上げるためには、そこまでやらなくちゃいけないんだと感じました。自分の場合、結果が出なかった時期もありましたけど、トリーは『選手として一番扱いやすいのはヒデキだ』と言ってくれたんです。近いものを感じられたんだろうと。お互いに感じられて幸せでした」
キャンプ、公式戦と試合を重ねたびに、トリーは松井の真摯な姿勢に主軸の資質を見いだした。ジーター、ポサダらと変わらない敬意を払った。「普段のプレー、自分を見て、感じてくれた、それでグラウンドでの信頼関係いつながったのは、本当に良かったと思います。トリーが監督でいる以上、自分が結果が出ない時があるだろうけど、そういう心配はまったくしないでいいかなと思っていました」性格、言動とも対照的ながら、2人の恩師の姿が心の中で少しずつ重なり合ってきた。
「長嶋さんとトリーは、自分の中での基本。グラウンド内だけでなく、人間性、考え方、チームをどうマネジメントするか。作戦、采配ではなく、そういうところが基本になるのかと思います。プレーボールがかかるまでどうあるべきか、というのは、自分の基本のような気がします」14年には、臨時コーチとして巨人の宮崎キャンプ、ヤ軍のタンパでのキャンプに足を運ぶようになった。引退後、家族との時間で充電した松井が、少しずつ指導者としての歩みを始める。 敬称略 (四竈衛)

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