1月11日 野球の国から 松井秀喜「5」

日刊スポーツ2019年1月8日5面:使命感じない限り動けない 2012年(平24)12月。現役生活に別れを告げた松井は、自宅のあるニューヨークで「私人」に戻った。石川・根上町(現能美市)で過ごした少年時代から毎晩、自宅の敷地内にある倉庫でバットを振り続け、ほぼ野球漬けの生活を送ってきた。だが、野球が恋しくなることは、ほとんどなかった。「たまにバットを振ったりはしてましたけど・・自分の打撃を良くするために振るわけではなくて、運動不足解消のためで、草野球くらいならやりたいと思っていましたけど、せいぜいそのくらいかな」
30年近くスポットライトを浴びてきた日々が一変した。元来時間に追われておくせくするタイプではない。家族と過ごす時間を、心穏やかに味わった。「充電も何も、野球が自分の生活の中からほぼなくなっている感じ。普通の人でした。仕事もしていないですし、家にいるだけで、何やっていいかも分かんないですし。それこそ子どもの世話をしているフリをするというか(笑)。唯一の楽しみは、気分転換を兼ねて子どもを散歩に連れて行くことでした。(現役時代は)マンハッタンの外に出て散歩することもなったと思いながら、そういう楽しみはありましたね」
翌13年には、恩師である長嶋茂雄(巨人終身名誉監督)と一緒に、国民栄誉賞を受賞。5月5日には東京Dドームでセレモニーが行われた。ヤンキースも松井の功績をたたえ、7月28日にマイナー選手として「1日契約」。ヤ軍のレジェンドとして区切りを付けたが、その時点でも、将来のことを真剣に思い描く状況ではなかった。「まだ全然考えていなかったですね。今はヤンキースの仕事をしていますけど、時間的に余裕を持ちながらできる仕事ですから。将来的に考えていることは見えてないですね」その一方で、野球と一線を画すこともイメージしていない。「野球から離れることは考えてないですけど。何か違うビジネスを始めようとかは、まったく考えていないですよね」後輩の高橋由伸が巨人監督を務め、昨季は、同年齢の井口資仁がロッテの監督に就任した。
だが、今の松井には、まだ指導者としての明確なビジョンは浮かんでいない。「野球がずっと好きで、ずっとプレーしてきて仕事になって、それが終わって新たな目標があるのかといえば・・勝敗の責任を背負うエネルギーは自分にあるのかな・・と思います」毎オフ「待望論」は後を絶たない。そんな声は、どう届いているのだろうか。「野球が好きだし、それが生活の一部として、エネルギー、情熱が湧くのは素晴らしいですし、うあらやましい部分でもあります。自分の中に、その情熱があるかといえば・・自分が使命を感じない限り、動けないかなとも思います」時、いまだ熟せずー。ただ、胸中には、尊敬する2人の姿が克明に刻み込まれている。(敬称略) (四竈衛)

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