1月11日 又吉直樹のいつか見る風景

朝日新聞2018年1月6日be4面:あらゆるものが曖昧になりみんなが僕を忘れてくれる 哲学堂公園(東京都中野区)高円寺に住んでいた頃、仕事もなく昼過ぎに起きることが多かった。目が覚めたら、枕もとに置いてある読みかけの本を開く。窓の外は隣の家の壁だから陽はあまり入ってこない。電気をつけないと文字が見えにくい時間になると、家を出て散歩をする。部屋が暗くなっても外はまだ明るい。そこから一駅歩いて中野駅に着くと、ちょうど夕暮れになっている。
輪郭を失う言葉 だからだろうか、僕にとって中野という街は夕暮れの印象が強い。空気の匂いが変わり、人が歩く速度も変わり、建物の色も変わる。あらゆるものが目に見えて変化していく時間だから、それに対応するために言葉の輪郭も曖昧に変化する。
意味が確定している状態の数が減り、名前の付いていない不確かなものが溢れだしてくる時間でもある。やがて、それらは夜にのみ込まれてしまうけど、目に見えないだけのことで、夜のあちこちに転がっている。この夕暮れから夜へと移行していく曖昧な時間は、普段の窮屈な思考から脱出するのに都合がいい。昼だと仕事をしていないということの罪悪感にさいなまれるが、夕暮れだと帰宅する人の流れに紛れ込めるので少しは気が楽だし、誰にも見つかりたくない気持ちと、存在していることは認められたいという、矛盾した二つの考えを受け入れてもくれる。そして、夜になるともう誰にも見つからないですむ。みんな、自分を忘れてくれる。最初からいなかったのではなく、存在しているが干渉されないということが重要なのだ。
とても面倒臭い奴だと思われるかもしれないけど、忘年会や新年会で一次会も不参加だと不安になるけど、二次会には参加したくないという状態に近い。社会との微妙な繋がりを残しながら、その外側へ行く。生産的な活動の外側で自由に何かを考えることができる。徐々に夕暮れなずむ中野通りを北に進む。無意味なことを考えながら歩いても、誰かに怒られることはない。
三十代前半で、実用的な電球を完成させた発明王エジソンは、その二十年もの前の少年時代、すでに自宅の地下に実験室を持っていたらしい。僕はその地下の実験室が暗かったから、エジソンの実用的な電球が生まれたと思っている。昔、友人にその説を唱えたらバカにされたけど、実験室が暗くなり、ランプを灯すまでの時間が日々の実験を一瞬遮断し、日常の常識を解体し「暗い」という状態(テーマと言い換えてもいい)を毎日エジソンに突き付けていたのではないか。
その時間の積み重ねが、実用的な電球を生んだのだ。仮に電球がすでに開発されていて、地下の実験室が常に明るかったら、エジソンは電球を作ろうとは思わなかった。もうすでに有るものを発明することはできないからだから当然のことだ。
エジソンの葬儀の日に、感謝の意を込めてアメリカ中の電気を消そうと大統領が提案し、実際に多くの家で電気が数分間消されたらしい。エジソンに感謝するなら、すべての電気をつけるべきなのではないかなと思ってしまいそうになるが、電球が実用される以前の状態を体感することで、その瞬間、いつかのエジソンが同じ空間で同じ暗闇を見つめているかもしれないということが重要なのだから、それで良かったのだと思う。
止まらない思考 そんなことを考えていると、昼と夜の間の夕暮れという変化の時間を見過ごすことができない。たとえば、「夕暮れ色」と言われたなら、人によって大きな幅があると思う。誰かにはピンク、誰かには橙色、誰かには赤色だったり、紫色だったりもする。この色と色の隙間にも又、色がある。夕暮れは、ありとあらゆるものを曖昧にする。
そういう点においては、夕暮れは妖怪とも通ずる面がある。妖怪は曖昧な場所が似合う。街中よりも、森の奥よりも、街と森の境界が似合う。現代は街中にも影や死角が沢山あるから、現代の妖怪は街中にも存在する。中野通りを進むと哲学堂がある。妖怪博士と呼ばれた井上円了が思索に適した環境を意図的に作った場所だ。哲学堂に行き止まりは無い。思索にも無論行き止まりは無いのである。(芥川賞作家・お笑い芸人)

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