1月10日 平成とは@埼玉 スポーツ⑥

朝日新聞2019年1月7日21面:「歩く」大衆化から個性化 50㌔の距離を4日連続して歩く。滑川町の飯塚高子(66)は40年前、オランダのナメイーヘン市で「女性初」の経験をした。最終日は疲れで体全体が熱っぽくなり震えがきた。それでも歩き通したのは、自分でもやろうと決めた「チャレンジ」だったからだ。開催が100回を超える伝統の国際フォーデーズ・マーチ。毎年7月に4万~5万人の参加者を集めて開かれる世界最大のウォーキング大会で、飯塚が最長の距離に挑んだのは1979年のこと。当時、50㌔部門に女性の参加は認められず、カウボーイハットを目深にかぶった「男装」でコースに出た。
女性は40㌔だった距離が、男性と同じに改められたのはそのあとだ。日本歩け歩け協会(現日本ウォーキング協会)は飯塚がその扉を開いたと宣伝した。ナイメーヘンを手本に「全日本スリーデーマーチ」が群馬県の新町(現高崎市)で開催されたのが78年。日本とオランダの歩く交流のひと幕だ。
鍛錬より楽しみ 飯塚はその後、協会の職員となり、オランダの大会参加も17回を数える。東松山市で第3回から開催されるようになり、日本スリーデーマーチと改称した大会にも仕事で関わり、両大会の違いも感じてきた。オランダでは道路から車を閉め出してウォーカーが限界に挑戦し、兵士も訓練を兼ねて歩く。日本は健康志向の大衆化で参加者を増やし、家族で歩いてふれあいを楽しむ「ファミリー参加」が特徴的だ。
第1回はわずか1085人だったスリーデーマーチの参加者は節目の40回を迎えた一昨年、延べ10万998人に。20回大会以降は5年ごとの記念大会でいずれも10万人を突破した。長距離しかないオランダに対し、5㌔から50㌔まで様々なコースをそろえ日本独自の歩みを続けている。飯塚は歩くことへの考え方の違いを挙げる。「ナイメーヘンは長い距離をこなす鍛錬。日本では短い距離をのんびり歩く人が多い。ほっとできる大会です」国内最大の大会に育てた東松山市の成功は、国内各地に波及している。89年に発足した日本マーチングリーグは、北海道から沖縄まで全国18のウォーキング大会が加盟する。この30年で2倍以上に増えた。ウォーキングに専念するため脱サラし、同市の嘱託職員として大会運営に30年余り携わってきた奥野清歩(69)は「平成のウォーキングの流れは『大衆化』から『個性化』だ」と話す。
好きなテーマで 昨年10月、韓国人8人を含む約30人が、東京から埼玉を通過して日光まで歩いた。江戸時代に幕府が唯一受け入れた外交使節団で、ユネスコの「世界の記憶」にも登録された「朝鮮通信使」。その足跡をたどる「日光ウォーク」の一団だ。主催の「21世紀の朝鮮通信使友情ウォークの会」会長で、さいたま市の遠藤靖夫(76)は、「スポーツとしてのウォーキングに歴史や文化、国際交流の要素を加えた」。ソウル~東京の友情ウォークも2年おきに重ね、今年は第7次を計画。スリーデーマーチでも毎年、韓国の仲間を迎える。大宮ウォーキング倶楽部代表の大野卓(72)は5年前から、ひたすら長い距離を歩くことを離れ、仲間と旧街道の歴史を訪ねたり、新味を求めてロシアのウラジオストク市の大会へ出かけたりする。「それが自分の理想の歩き」
ウォーキングの取り組み、楽しみは多様化している。一方で、「スポーツ」の感覚は実践者に共通する。きのうより今日、今日から明日へと、新しい何かを見つける挑戦。それはアスリートの心の動きと変わりがない。 =敬称略(高橋町彰、山口啓太)

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